「新社会兵庫」 10月25日号
 チリの鉱山事故で地底に閉じ込められた労働者が69日ぶりに救出された感動的な救出劇から13日で1年とのこと。あのとき「英雄」として扱われた33人の労働者たちは、1年が経った今、講演などで活躍している人もいる一方、多くは経済的にも恵まれず、PTSDなどに苦しみ、酒や薬に依存する人もいるという報道を目にした。長期の極限状態で受けたストレスの重さ、大きさは他の者には測り知れない▼地下での閉じ込めという状況とは違うが、福島第一原発の事故による放射能汚染は、特別な隔てもない空間で広がり、多くの人たちの生活と未来にどうしようもない被害と不安・恐怖を与えている。人によって感じ方は異なるだろうが、このストレスも相当なものだ。しかも、今後、長期にわたらざるをえない▼だが、この事故を起こした東電の対応からは加害者としての責任感はみじんも見られない。賠償金も政府がつくった賠償支援機構から全額交付される仕組みを考えている。賠償金をまかなうように見せかけて電気料金値上げや大規模なリストラをちらつかせ、国民と労働者に二重に負担を転嫁しようとしている。どこまで強欲、傲慢なのか。だが、責任追及の動きはあまり見えない。
財界と米国に従う野田政権
今こそ必要な大衆的な政治力
 野田政権発足直後の所信表明演説である。「国民の皆さま方には、2年前の民主党政権実現にあたりましては、わが党のマニフェストによって期待を大きくふくらませていただきましたが、結局、お応えできませんでした。国民の声を生かそうという気持ちで船出した政権でしたが、2年間でよく分かったことは、わが国の政治は財界とアメリカの支持なしにはやっていけないということでした。私の内閣は、逆らうことなく何よりもその点に留意して運営にあたります」。えっ? そんな演説だった? 速記にはそうはなっていない。しかし、読唇術ならぬ読肚術を用いれば、言わんとするところがそういうことだとわかる。
 発足した野田政権の第1の特徴は、これまでの鳩山、菅とつづいた民主党政権が財界やアメリカに不安といらだちを与えたことに詫びをいれ、ただの保守政権に回帰したことを宣言したことであろう。長い間、日本の政治は保守政治に対して、勤労階級の利益を代表しようとする社会党を中心とする2つの対抗軸をもっていた。80年代から90年代にかけての臨調合理化や新自由主義に勤労階級が押しまくられ、一方の対抗軸は政治の場では極端に力を弱めていった。しかし、自民党政権に対抗する政治勢力は国民の支持という力を背中に背負いたいためにしばしば「便宜的」に、消されかけた軸を利用した。鳩山内閣に大きな期待がかけられたのはこのためであった。
 支配階級の側は政権に対して「われわれの声を聞くのか、国民の声を聞くのか」と二者択一を迫るのが常である。野田首相はこの求めに応じて、国民の要求を代弁したいと念ずる民主党政権に僅かに残っていた側面を、後期高齢者医療制度廃止、労働者派遣法の抜本改正等々とともに葬る儀式を行ったのである。
 したがって野田政権の第2の特徴は日米同盟の強化、グローバル化した大企業の蓄積を最優先させて政策を遂行するであろう、ということである。
 東日本大震災の復興促進とそのための資金調達が野田政権の最優先課題とされているが、負担を国民に求める反面で、資本蓄積を妨げることはしてはならないという態度を貫くであろう。復興事業の最大受益者は財界でなければならないという政策誘導を図るであろう。
 民主党政権への期待が幻想として消えたことは、国民の間に一層の政治不信をつくりだすであろう。民主党と自民党の区別を「期待」のあるなしに求めていた国民の困惑はオリのように沈積するであろう。
 消費税増税、賃金切下げ、失業や雇用不安の増大、諸社会給付の切下げ・切捨て……生活破壊の予測はまるで台風接近情報を聴くようである。実際に台風が接近する情況であるならば、私たちは家屋の周辺を点検し、補強、補修を試みるであろう。大衆の失望、無気力、消極、諦めは危険信号となるであろう。政治の場に、国会の中に勤労大衆の怒り、不安を代表する勢力が弱体化している今こそ、私たちは大衆の気持の積極化をはかり、政治の主人公としての大衆の自覚の覚醒に注意を払わなければならない。
 幸いというべきかもしれないが、大衆の声はかすかながら聞こえている。ニューヨークで、ロンドンで、アテネで。そして、野田政権が原発維持の方向を示している時、6万の仲間が明治公園を埋めつくした。
 野田政権の出現は、逆説であるかもしれないが、政治に本当に必要であるものは、大衆的な政治力であること、その時が来ていることを告げているといえるのではないか。
 勤労者が自らの政治の軸を持たない政権交代が何をもたらしたかを、私たちはここ数年間の出来事によって見てきた。
 署名運動であるかもしれない、一人ひとりが小さなアピールをすることかもしれない。自分たちこそが政治の主人公であるという動きを始めよう。
今村  稔
二人の死
 今年の8月、お盆を少し過ぎた頃、私の身近にいた人が二人、遠くへと旅立っていきました。
 一人は私が働いているSホームの利用者Iさん。心臓に病気を抱え、毎日酸素吸入をしないといけない体でした。ダウン症で人懐っこいけれど、頑固者。いつもニコニコと笑顔が可愛い人でした。私とは気が合ったのか(私だけがそう思っていたのかもしれませんが)、50の山を越えた私に「おじょうちゃん」と呼びかけてくれました。私が何かをするのを見るたびに「かわいい〜」と言ってくれ、一度私が反省サルの真似をしてからは私の肩や足に手をおいて「反省!」のポーズをして笑わせてくれました。亡くなる少し前ぐらいから、「おじょうちゃん」から「ママー」に格上げ(?)。どこにいても顔をあわせるとVサインをしてくれ、その笑顔、楽しい行動にいつも私は心をなごまされ、元気づけられてきました。怒っても、すねてもIさんの行動のひとつひとつが私の元気の素でした。
 そのIさんが夏季帰省中、体調を崩し入院、数日で帰らぬ人となってしまいました。入院中、面会に行きました。管にいっぱい繋がれて、顔がパンパンに腫れて、いつもの面影はありませんでした。「また明日来るからね」と声をかけて帰りましたが、明日は来ませんでした。
 私の携帯の待ち受けには、Vサインをしてにっこり笑っているIさんがいます。Iさんのお兄さんにお願いしていただいたものです。もう「ママー」と呼んではくれませんが、その笑顔を見ると頑張る力が湧いてきます。
 Iさんのお通夜があった次の日、Hさんの死を知りました。最後に会ったのは被災地メーデー。空き缶をもらいに行き、「こんにちは」とあいさつしたのが最後でした。
 Hさんとは20代の頃からの知り合いで、私が労働運動の「ろ」の字も知らないころ、神戸地区労青婦協で本当にお世話になりました。あの頃の青婦協は組合持ち回りで常任委員会を開いていました。いろんな組合でたくさんの人と会うのが楽しく、話を聞くのが面白くて参加していたようなものでした。地区労青婦協運動が今の私の根本をつくってくれたのだと思っています。名糖労組の闘いがどんなものか分かりもしないで、言われるままに集会にも顔を出していました。闘争終結の集会の時、Hさんにこう言われました。「K寮もこんなにならないよう頑張れよ」と……。
 Hさんが予言したかのように私たちは整理解雇撤回闘争に突入しました。Hさんが通ってきてくれたK寮はもうないけれど、新しい職場Sホームに職場復帰し、全員が頑張って働き続けていることをほめてくれるのではないかと思っています。
 死というものは誰にでも公平に訪れます。人生の折り返し点を過ぎた私はまだ金食い虫の息子がいるので、公平に訪れるにしても、息子が自分の足で歩けるようになるまでもう少し待ってもらいたいものです。
 Iさん、私がおばあちゃんになっていても「ママー」と呼んでね。Hさん、ゆっくりと腰を落ち着けて裁判闘争のことを話しましょう。
(まめ)
もっと労働相談を担えるユニオンに
 9月27日、但馬労働基準監督署と交渉(懇談)を持った。7月に「監督行政全般とその指導と対応について」等の申し入れをしており、ひょうごユニオンの指導の下、但馬ユニオンから2人が参加した。
 但馬労基署の概要が説明された後、具体的な課題についての報告がなされた。それによると、昨年の労働相談は全体で1000件あまりあり、そのうち、サービス残業と解雇の問題が30%を占めている。ただ匿名の相談が多いそうだ。
 但馬管内での労働基準法違反の案件は、昨年は50件を処理してきたそうである。具体的な事案として、賃金不払い37件、解雇8件、再賃違反1件などである。臨検件数は定期監督で108件のうち83件の違反が明らかになっている。その内容は、解雇予告1件、36協定21件、割増賃金、労働安全衛生法や労働安全基準法違反などが摘発されている。賃金不払い等での是正勧告件数が42件もなされている。また、昨年の災害発生件数は200件で、3名の死亡者を出している。その他、いじめやいやがらせに関する相談件数も多くなっている。
 相談され、明らかになった問題がこれだけあり、相談もできずに自己解決≠している労働問題はこの数倍はあると思う。ただ私たち但馬ユニオンがこうした問題を聞き、受け止めて対応していく力量は今はない。しかし、もう一歩も二歩も前に出て様々な取り組みをしていきたいと思う。
 当面の取り組みとして、@県下の労働相談日に向けたビラ配布行動の改善をする。これまでのように500枚程度のビラ配布で「労働相談」を期待するのは無理なので、配布枚数と場所について検討する。 A組合員の拡大である。結成する時に元労組役員や活動家に案内・呼びかけをしてきたが、残念ながら一人の加入もない。正直言って甘かったなあと思っている。一人ひとり対面オルグをしていきたいと思う。
岡田一雄(但馬ユニオン委員長)