「新社会兵庫」 6月14日号
 「一定の」という言葉は、個人的にはかなり思い出深い言葉の一つである。それまではまったく馴染みのなかったこの言葉にはじめて接したのは、40年以上も前だが学生運動に足を踏み入れたときだ。よく意味が分からず、辞書を引いたことを覚えている。現在の広辞苑には「C程度を漠然と指し、『十分ではないが、それなりの』の意を表わす」とある。それ以来、どれだけ頻繁にこの言葉を使ってきたことか。とにかく便利なのだ。漢字の見た目の明快さ、易しさとは対照的に、量的には実にあいまいである。だからこそ、便利で重宝されるのだろう▼このほどこの言葉が意味する時期をめぐり、一国の首相を指して「ペテン師」「詐欺師」と、穏やかならぬ非難が飛び交う事態が起こった。まるで子ども同士の騙し合いや罵り合いだなどと言えば、子どもからも怒られそうだ。猿芝居か茶番劇かは知らないが、首相不信任決議案をめぐる底知れぬ無様さを見せつけられた思いだ。これほどまでに劣化した政治への国民の不信はいちだんと深まらざるをえないだろう▼そんな茶番を経て、いま政局は大連立に向かって進みつつあるようだ。しかも、許せないことに、国民大増税を既定のものとして。
阪神大震災の教訓をつなごう
被災地の労働相談支援の試み
 「一刻も早く被災地に入りたい……」。そんな気持ちを強く持ちながらも、黒崎隆雄・神戸地区労事務局長の手配でようやく実現できたのは大震災から2か月後。5月18日の夜、活動支援カンパ金と被災地メーデーで集めた応援・激励の花<<bセージを持ち、神戸地区労、神戸ワーカーズユニオン、被災地メーデー実行委員会のメンバー5人で神戸を出発し、福島県の小名浜、宮城県の仙台、石巻、そして山形県の米沢に入った。被災地の現状の把握、被災地で活動する労働組合への激励、被災地の労働相談の現状把握と阪神・淡路大震災での経験交流などが主な目的であった。
壊滅的な打撃を受けた被災地
 この間、画像を通じて見てきた被災地を目の当たりにした。広大な田畑に散乱する船やトラック、乗用車。家の土台だけが残る消えた町並み。道の両側に掃き寄せられた瓦礫の山。 魚の異臭が鼻につく漁港の町。土葬なのだろうか、花が手向けられた墓。塩害で枯れた樹木。あらためて津波の怖さ、その破壊力の凄まじさを思い知らされた。家族を、住まいを、職場を、仕事を、生きてきた証≠根こそぎ奪い取られてしまった人々の絶望感を思うと……、ただただ涙が溢れ出て止まらなかった。
災害が起きると労働者にそのしわ寄せ
 被災地では広範囲に産業基盤が失われ、約14〜20万人の雇用が失われた可能性が高いと言われている。被災地外への波及的影響も含めるとさらなる雇用への打撃は避けることができないのではないかとも思われる。
 そのような中、最初に訪ねたのは、福島県の東南端、小名浜港そばにある小名浜地区労。液状化現象で建物周辺もエプロンも陥没しており、ガントリークレーンは塩水に浸かり使えなくなっていた。同地区労が取り組んだホットラインでは20件の相談があったとのことで、休業補償もなく自宅待機を強いられ、解雇予告もなく当たり前のように解雇されたという相談や、原発20km圏内にある会社で立ち入れないことを理由に即解雇されたという相談などが寄せられていた。
 次に訪ねたのは、仙台市にある宮城合同労組。同労組は「大震災は不可抗力だから休業手当は支払わない」「解雇予告除外認定を受けているから解雇予告手当は支払わない」という会社といま団体交渉を繰り返しているという。実はこの会社、「全員解雇・事業継続不可能」という虚偽申請をしていた。にもかかわらず、労働基準監督署は、その除外認定を取り下げようともしていない。
 16年前の阪神・淡路大震災で、会社や企業と団体交渉を重ね、解雇撤回や休業補償、雇用保険の遡及加入に取り組んだ「被災労働者ユニオン」の経験がこのたびの大震災で多少でも生かされることを心から願っている。 
阪神・淡路大震災の教訓をつないでいこう
 移動途中の車中から、芦屋市、加東市、兵庫県警などの車両を見かけた。ある小学校の避難所では神戸から来たというボランティアグループ「チーム神戸」のメンバーに出会えた。様々な人が様々な形で支援に入っている。しかし、やがて彼らは去っていく。それを待たずして、被災地では、格差が格差を呼び、問題はより深刻化、複雑化してくるだろう。そして、強い者が生き残り、弱い立場の者が切り捨てられていく……。16年前の阪神・淡路大震災がそうだったように、災害は社会の矛盾を瞬時に露わにする。
 しかし、地震だからと諦めてはならない。自分たちの生きる権利は主張しなければならない。阪神・淡路大震災での教訓はぜひ生かしたい。神戸地区労や神戸ワーカーズユニオンは、今後の被災地での労働相談活動への支援をユニオンの全国ネットワークで長期的に取り組みたいと考えている。いま、6月中旬をめざして現地での相談活動に協力できるよう準備が進みだしている。あの大震災を経験した私たちだからこそ、東日本の被災地支援のために今、つなげ拡げていく努力をしなければならないのではないだろうか。その課題は山積している。
(5月29日記)
小林るみ子(神戸ワーカーズユニオン委員長、神戸市会議員)
“女の子願望”からの解放
 半年程前、卒業以来長い間会っていなかった高校の同級生から同窓会のお誘いの電話をもらった。これまでも何度も誘いはあったが、自分に自信が持てずにもやもやしていることが恥ずかしくて、一方的に会うことを避けてきた。しかし、居心地のいい職場に恵まれ働き始めて約2年経った今、これまであれこれ考え悩んできたことがもうどうでも良くなっていた。友達に会いたいという気持ちはずっとあったので、どんな顔をして会ったらいいか分からなかったが、まずは女の子だけのプチ同窓会をやる約束をした。
 久しぶりに会って、話はまず、自分やクラスの子の近況報告となった。年頃だけに結婚率の高さには納得したものの、私が勝手に想像していた皆の未来像が結構外れていたことに驚いた。大学を卒業した後、希望の職種に就いても、結婚や出産を機に辞めてしまう子が意外と多かったのだ。はじめからその気だったとか、忙しすぎて両立できないとか色々あると思うが、何とかならなかったんだろうかと、残念な気持ちになった。時間の融通の利く派遣を選ぶ子もいたが、すぐに期限が来て、また仕事を探すことがとても大変そうだった。自分以外の人は、大きな夢を持ってそれを達成し、納得した人生を送っているのだろうと思っていたのだが、実際はそうではなかったようだ。
 これまでは、いわゆる女の子願望≠ェないことが自分を苦しめていた。皆は、「かわいい・楽しい」と素直に楽しんでいる(様に見える)のに、自分にはできない。したいとすら思えない。そんな自分は何か欠けていて、きっと仕事も生活も同じように進んでいくのだろうと悲観的に思っていた。実際、自分は面白くない事をいつも真面目にやっているだけのような気がして、こういう風に育ったのは、仕事ばかりで普通の「お母さん」とは違う、母のせいだと思ってみたりもした。明らかに女の子願望がないことは自信のなさの一つになっていた。
 しかし今、私は確実に、働くことで自己肯定感を得ている。毎日職場に行き、失敗しながら成長し、最近は少し、それなりに役に立てているんじゃないかと思うこともできる。また、働いて収入を得ること、仕事で人とのつながりが出来ることは私の大きな自信になっている。
 私は、こういう道を選びたかったので、これで良かったのだと思える。幸い、周りには女性はもちろん「男に振り回される人生は辛い。女性の立場を悪くしていくだけだ」と、自立の道を応援してくれる男性もいる。私は、どの生き方が絶対いいとかは思わないが、どんな生き方でも、皆が自立して、そういう所でまた友達とつながっていきたいと思うのだ。これからは今以上に、経済的なことも含め、女性の自立について考えていくと思う。
(彩)
活動者集団から大衆組織への脱皮を
 熟年者ユニオンの結成は約11年前にさかのぼる。結成しようと提起したのは、以前総評の地方オルグであった松野四郎さんと、神鋼、川鉄、住友ゴム、川重、三菱神船など大企業で会社・御用組合と闘ってきた少数派活動家が裁判闘争などを支えあうために集まった組織「大企業労働者交流会」のメンバーだった。結成準備会をつくって少数派活動家、労組幹部OB、高齢の新社会党員などに結成を呼びかけて、2000年3月25日、32人で結成した。
 その後、楽しい行事や高齢者福祉切捨てに反対する様々な活動に取り組んだ結果、11年後の現在、会員は116人に成長したが、熟年者ユニオンは結成以来の活動家集団という性格を克服できないまま今日に至っている。さらに、従来の労働組合は、女性が少ない男社会で、しかも正社員しか組織しなかったが、熟年者ユニオンもこの悪弊を引き継いでいる。
 熟年者ユニオンがさらに大きく前進するには、活動家の組織、厚生年金・共済年金受給者だけの組織、男性中心の組織という結成以来の悪弊を克服する以外にない。熟年者ユニオンは結成から11年にして、ようやくこの悪弊を克服するための第一歩を踏み出した。
 今年4月に開催した総会ではこの悪弊を克服するために、@国民年金受給者や生活保護受給者へも門戸を広げるために、国民年金・生活保護受給者の会費を厚生年金・共済年金受給者の半額(500円)にする会則の改正を行い、A国民年金・生活保護受給者との接点をつくるために生活相談活動に取り組み、B活動家集団を育ててきた(ここから始める以外になかったのだが)松野・米岡体制から、フツーの人が多数を占める大衆組織に脱皮するための新たな執行体制(山村ちずえ新会長を中心とする)を選出した。乞うご期待。
米岡史之(熟年者ユニオン顧問)