「新社会兵庫」 4月26日号
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- 13日、東電社長の会見。07年中越沖地震で運転を中断している柏崎刈羽原発について年内再稼働に意欲を見せたという。今回の事故で政府がすべての原発に一時停止を命じないのも信じられないが、あれだけの事故を起こし、現に被害を途方もなく拡大させ続けている企業の最高責任者の臆面もない発言には神経を疑う▼『世界』5月号に掲載の石橋克彦神大名誉教授の一文。97年に「原発震災」という概念を提唱し、可能性が最も高いと思われる浜岡原発廃炉の主張に、現原子力安全委員長の班目氏が一笑に付したことが触れられている。悲しいことに石橋氏の懸念は杞憂に終わらなかったのだ。安全委の学者たちは背任罪に問われてもおかしくない▼京大原子炉実験所・小出裕章助教授のインタビュー。放射線被害がどんなもので、いま福島で進行中の事態がどの程度のものか。現在も事態は「安定に向かっている」とは言い切れない。チェルノブイリも調査し放射線被害の何たるかを十分認識しているはずの自分たち専門家が、なぜこの破局的な事態を未然に防げなかったのか。小出氏がインタビューの最後に見せた悔悟の涙や石橋氏の痛恨は、東電社長や原子力安全委員長にはない。
- 東日本大震災
阪神大震災の教訓は生かされたのか 私たちに告発する責務
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東日本大震災から1ヵ月。今なお震度6の余震、そして福島原発事故による放射能拡散が続くなか、不安におののきながら、厳しい避難生活を送る被災地の現実に言葉もない。
しかし、一方では抑えようのない怒りが体中を駆けめぐっている。想定外だ!国難だ!と居直り、被害総額はいくらだ、復興費はどうする、不要不急の子ども手当を削り被災者支援に回せと騒ぎ立てる政治屋や評論家どもに苛立ちを隠せない。私たちは被災者支援に全力を挙げるとともに、「阪神・淡路大震災の教訓は生かされているのか」と告発する責務がある。
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自然の驚異は、気まぐれに人々を襲う。だが災害は、その社会の断面をあらわにし、弱点を暴き出す。阪神・淡路大震災が明らかにしたものは、この社会には二つの層、強いものと弱いものがいるということであった。第1に、M7・2の直下型地震は平等に人々に襲いかかった。しかし、被害は弱いものに典型的に現れた。第2に、救援、復旧・復興の過程で弱いものと強いものの格差は拡大した。災害救助法など法・制度は弱いものを助け、支えるには決定的に不十分で、逆に、被災者・支援者の自主的で創意ある生き抜くため≠フ活動を規制し、制限した。第3に、強いものの政治はその法・制度を変えるのではなくて、それを利用し、建築制限がかけられた更地を、神戸空港建設をはじめ大企業優先、その投資先としての都市計画(復興計画)となった。その結果はどうか。伝統的なケミカル産業をはじめ中小企業、市場・商店街は衰退し、莫大なカネを注いだ神戸空港は借金の山となっている。私たちは、このような阪神・淡路大震災の生きた教訓を発信しなければならない。
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東日本大震災と阪神・淡路大震災の違いがある。規模だけの問題ではない。阪神・淡路大震災は新自由主義の端緒段階で発生したが、東日本大震災は日本版新自由主義の小泉構造改革が吹き荒れたのちに起こった。この16年間の社会の変化はどうであったのか。新自由主義は地域をつぶし、社会をつぶした。大震災直前の話題は「無縁社会」であった。自由競争が善であり、勝ち抜くためには「何でもあり」、それが新自由主義の本質である。その結果、一方では、毎年3万人超の自殺者を出し、仕事もなく、将来に夢を持てない若者が「希望は戦争」と言う社会をつくり、一方では、いつ起こるかわからない地震や津波のために、安全・安心に備えるカネはない、効率優先の社会をつくり出した。その傲慢さが、被害を拡大し、政治災害と言える原発事故を起こし、今なお生命の危機を拡げている。この確認と反省がなければ真の救援も、真の復興もあり得ない。
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また、今回の大震災の全国に与える影響は計り知れない。第1に、地震・津波の被害は首都圏から広く太平洋沿岸全体に及んでいる。そこにも被災者がいる。第2に、原発事故の放射能拡散被害は予想もつかない深刻さであり、まさに地球規模で、長期的である。しかも、まるごと避難という事態は避難する自治体だけでなく、受け入れる自治体も被災者である。第3に、被災地の産業破壊の影響は全国に及び、かつ電力不足による打撃もある。農・漁民、そして労働者全体の問題である。当面は被災者の救援活動に全力を挙げるのは当然だが、東日本大震災は新自由主義の本性を明らかにしているのであって、そこからの脱却が求められているのである。
すでに被災地では命を守り、支える闘いが始まっている。「無縁社会」を超えた被災者・支援者による連帯と自治の取り組みである。阪神・淡路大震災では、地方議会と労働組合の姿が見えないと言われた。奇貨おくべし、資本と権力は大震災を利用して阪神・淡路大震災以上の日本列島総合理化、そしてそれを断行する支配体制の強化を狙っている。これに対抗するには被災者・住民の叫びを軸に地方自治を貫く闘いと、強いものと弱いものの対立の軸である労働運動の強化と連携が求められているのである。
松枝佳宏(新社会党中央本部書記長)
- 35年の全力疾走
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この3月末で退職し、35年の職業生活に終止符を打った。多くの同僚達、仲間達、そして家族に感謝の気持ちでいっぱいだ。
結婚しても子どもを産んでも社会に向けた自分自身の窓を持ちたい、そのためには働き続けることが一番、働き続けるためには公務員が良いだろうと選択した仕事だった。「男性は外で働き、女性は家庭で家族を守る」といった性別役割意識が強かった時代、女性が働き続ける意味や覚悟の仕方は男性のそれとは少し違うのかもしれない。
働いて誰かの役に立ち賃金を得るという行為は充実した気持ちにさせるものであり、組合運動を通して労働環境や社会環境を変えていく活動は実に楽しく達成感のあるものだった。また、育児休業をはじめ子どもを育てるための環境が不十分で、しかも「家事育児は女の役割」といった意識が支配的な中で、「仕事が遅くなるから保育所への迎えを頼む」といった小さなことから制度の要求・実現まで、女性同士声を掛け合って頑張ってきた。
仕事も組合活動も真面目に一生懸命やってきた。他方、自分の子どもたちには十分向き合ってやれなかったな、という思いをずっと持ち続けている。子育てにおいて、何をもって十分、不十分というのか分からないが、「エイ、ヤー!子どもは親の後ろ姿を見て育つ。自分がきっちり生きることが何よりの子育てだ」と、自分に言い聞かせて来たのだった。
私の2人の子どもたちは30 代、ともに2人の子の親だ。退職の日まで全力疾走で駆け抜けて呆然としている私に、「おかんらしいわ。そこまでせんでも、というくらいにきっちりとして引き継いできたんやろ」という息子の言葉は、嬉しいものだった。
3月は、日々の暮らしの中で終わったり、始まったりする節目の月である。3月11日の東日本大地震、巨大津波はそうした日常の営み、ささやかな喜びを根こそぎ奪い去った。「瓦礫の山と言いますが、私たちの生活そのものだったのです」という被災者の言葉が胸に染みる。
あの日からいろんなものが色あせて見える。被災地・被災者と連帯するとはどういうことかと自問しながら、「欲しがりません、勝つまでは」の風潮にからめ捕られないよう注意しながら行動したい。
原発には元々反対だったし、反原発の運動にも少しばかりは参加した。しかし、「安全神話」を信じたのではないが、電力供給の半分を原子力に頼る現状に安住してきたことも事実だ。今度こそ真剣に「反原発、代替エネルギー」と向き合いたいたいと思う。
(F)
- 大地震が問いかけるもの
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テレビ、ラジオで東日本大震災の報道が続いている。3月11日からは何をするにつけ、「普通に生活していていいのだろうか」と自問自答する。
例年、桜の舞う4月初旬は世間的に華やかな明るいムードであろうが、自身、学生時代は新学期を迎えるにあたっての不安、就職してからはなじめるかどうかの不安、悩ましい花粉症、今年は新しい課に異動した不安などなど、どうも桜と春霞はいい事を連想させてくれない。
東日本での壊滅的な被害は関西の経済に大きな影響を及ぼすことを連想したが、そうではなかった。今や流通は地域内だけではなく、網の目のように細分化された生産ネットワークはグローバル化しており、脱日本が進めば日本の製造業・サービス業も地盤沈下する。震災に名を借りた合理化攻勢も勢いを増してくることは間違いない。
原発事故で今までの危険ラインのボーダーを直ぐに変更して「ここまでは安全ですよ」と巧みに世論を操り、隠そう隠そうとする。ツケは次の世代に移るだけである。いのちに関わること、たべものに関わることでさえ基準をすぐに変更できるのであれば、賃金の基準もいとも簡単に変更されそうだ。
震災で頭の中が一杯なこのタイミングに何でもされないように冷静に考える力を養う必要がある。新聞、テレビの報道は正しいのか。私は新聞に書けない情報の裏側を週刊誌やネットで探るのが好きである。高校3年生になる息子は反日のサイトを見る機会が多く、汚染された頭を変えてやろうと9条の会の学習会に連れて行った。帰りの車の中で「あんな考え方もあるねんな」と自分の好きなネット論調と違う考えに触れたようだ。
何が真実なのかを知ることが世の中を変えることに繋がる。電気の恩恵を受けている世の中が正しいのかどうか。24時間買い物ができる日本がいいのか。この震災が私たちに問いかける物は大きい。何かの本で「円ではなく縁」というフレーズがあった。日本の社会システム自体が正しいかどうかも考えたい。
北川寿一(はりまユニオン)
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