「新社会兵庫」 3月8日号
 昔、わが国は「言霊(ことだま)の幸(さき)わう国」といわれた。「霊」というかどうかは別にしても、労働が社会を必要とし「言葉」をつくったのであろうから、言葉が心の繋がりや生きる力に結びついてきたことは確かであろう▼向坂逸郎さんはサインを請われれば「心からでた言葉でなければ、人の心をとらえることはできない」と色紙に書いていた▼資本主義はあらゆるものを商品化し、それが時として社会の退廃をもたらす。言葉も例外ではない。凶暴な宣伝力をもったマスコミが、不快なほどに厚化粧した言葉、軽薄なことを面白いことと勘違いしたギャグ、心を捨て去ったような略語を粗悪商品のように垂れ流す。中身は何なの?と確かめようとすると、それには答えずに「KY」「キモイ」というおまけをよこす▼商品化は画一化でもある。「目からウロコ」「鳥肌が立つ」「奥が深い」などがハンコが押されるかのようにどこでも使われる。周辺にある微妙なニュアンスをもつ言葉は消し飛ばされていく▼政治家の言葉も、プロ野球の新しい統一球と反対に軽くなり、国会論議は心の重みを失った軽い言葉のキャッチボールのようである。それにしても首相や首相経験者の「疎い」「方便」は度外れてひどい。
神戸空港開港5年を問う ―立ちはだかる課題と暗雲
 今年も2月16日、神戸市役所の玄関前で、恒例の抗議集会が開かれた。5年ともなると、さすがに参加者はやや減少気味だったが、晴天に恵まれ、約20団体が早口で、空港問題が「決着済みであるどころか、依然として神戸市民共通の課題である」ことを訴えた。終了後、採択された抗議アピールを神戸市に提出したが、空港事業室担当者は姿を見せず、例によって広聴課が形式的に受け取っただけであった。
 昨年だったか、通りすがりの人から訊かれて、空港反対運動だというとなかば呆れ顔で、「まだやってるのですか」と言われたが、別に私たちは意地や虚勢を張ったりしているわけではない。需要が過去最低に低迷し、それどころか、財政計画等に破綻が現れるとなっては、市民として黙視しておれない事態だということだ。私は最近、「市民とはなんだろうか?」と自問することがある。ざっと私流に言わせていただいたら、「行政や議会にお任せするのではなくて、自らの町の課題に関心を持ち、責任を持って主体的に関わろうとする人」、つまり、「観客人」ではなく、「主体人」が市民だと言うことになる。
 とりわけ、毎年の空港運営を賄う管理収支の逼迫のため、過去の黒字額を積み立てた財政調整基金を取り崩していたが、これも底を突き、新年度、別会計からの資金投入に追い込まれるという状況は、独立採算制の破綻という由々しい状況である。実質的赤字という事態を、厳しく直視する必要がある。
 空港島埋め立てのため発行した1982億円の市債の償還のために、当て込んでいた用地分譲も難航し、「取らぬ狸の皮算用」になりつつある。1998年、住民投票が否決された見返りともいうべき形で導入された「空港建設費に市税を一切投入しない」との、かつての市会決議が、重くのし掛かっている。
 2010年、3空港懇談会の「3空港1元管理案」に一縷の希望を見出して飛びついたものの、国交省の成長戦略会議の関空・大阪統合論に一蹴されて、活路を失う。挙句の果て、矢田市長は、「神戸空港民営化論」まで持ち出す始末である。「さまよえる神戸空港」というほかはない。しかし、設置管理者である神戸市自身に、立ちはだかる課題についての危機意識が乏しいのが憂慮される。憂慮しているのは、市民だけなのだろうか。
 なぜこんなことになったのか?
 私見では、事業計画の段階で、バラ色の夢ばかりに幻惑され、トゲ(問題点)の精査・検討を疎かにしたためといわざるを得ない。特に、個別空港の事業推進を急ぐあまり、私たちの指摘を無視して、3空港のあり方を総合的に検討することを怠ったことは、致命的な過誤であった。都市施設を作るのは簡単だが、維持するのは容易ではない。まさに、「往きは良い良い。帰りは怖い」である。財政計画以外にも、埋め立てによる空港島周辺の海洋環境の悪化の問題なども、見逃すことはできない。神戸市は運用時間の延長などで、需要拡大を図りたいようだが、神戸空港設置時の基本条件を崩すことは、重大な違約行為である。この辺りで、のしかかる当面の諸課題の全体について、早急に再精査・検証し直さなければ、時を逸することになるであろう。
 最後に、矢田市政の「参画と協働」のスローガンを疑わせるような、市当局の対応について述べておきたい。空港問題について昨年から、住民団体有志と市当局との面談による直接質疑が持たれるようになっていたことを、見解の違いは別として、私たちは評価していた。形式的な文書のやり取りだけでは、隔靴掻痒で細部の議論ができないからである。しかし、市は10月、「同じ議論の蒸し返しで進展がない」等を理由に、打ち切りを通告してきた。反対意見との対話・討論こそ、民主主義の根幹であるはずなのに、「変わらないのは行政」との思いを強くした(紆余曲折の後、ようやく本年1月再開)。
 それにつけても、1998年、30万人以上の署名を集めた住民投票・直接請求を議会与党が退けたことは、地方自治の点でも、市民意見の分断という点でも、禍根を現在に残すことになり、重大な政策ミスであった。政策ミスの〈つけ〉は、長く尾を引くことを忘れてはならない。
中田 作成(なりしげ)(新しい神戸をつくる市民の会・顧問)
地デジ化したけれど・・・
 寝る前にラジオを聞くことがよくある。7、8年前に、仕事のストレスで眠れなかったときに聞き出したのが、仕事を辞めた今でも続いている。時々、朗読などもあるのがうれしい。小学生のとき、夕方のラジオドラマを楽しみにしていたのを思い出す。が、現在ではほとんど数がないのがさびしい。
 しかし、昼間はテレビのお守りをしていることが多くなっている。それも新品の地デジ対応の物だ。別に急いで買ったわけではなく、壊れたのでしかたなく買ったものだ。
 BSもすぐに見られるということで合わせてみると、画面に「BSを見る場合は、次のところに電話するように」と書いてあった。この文字で画面の4分の1くらいあり、肝心の映像が見づらくなっている。
 しかたなく電話すると、女性が出てきて対応していると、画面の文字がぱっと消えた。私は、ドキッとした。個別のテレビの画面が、知らないところで操作することができるのだと。番号で各戸の画面を操作できるとすると、もし、受信料の滞納をしていたら、「すみやかにお支払いください」と文字が現れて、ある程度ときが過ぎると、映像も消えるかもしれない……。まだまだ私たちが考えられないような使い方も出てくるかもしれないと思ったら、恐ろしくなったのだ。
 地デジ化に関して、新聞の投書で心に残った記事が2つある。「まだ壊れていないテレビを丁寧に使っている。なのに、期限がきたら映らなくなってしまう。新しいのを買うように連日そのテレビで放送される。しかたなくテレビを買った。届いたとき悔しくて涙が出てきた」という。もう一人は、「あと何年使うか分からないものに無駄なお金を払えない。もうテレビを見ないことにした」という。どちらもお年寄りのひとり暮らしの方だ。胸が締めつけられた。
 テレビ漬けが問題視されたのは一昔前で、今は携帯漬けがクローズアップされている。だけど、私も含めて、テレビなしでは暮らしていけない人が大半だろう。いつになっても、物や外からの情報にいつも左右されている私たちがいる。「しっかりしないと」と思いながらも侵されていく。
 地デジ化に問題意識を持ちつつ、自分を省みる今日この頃である。
(M)
「関係者以外立入禁止」の張り紙
 「ユニオンあしや」は1月10日、神戸市東灘区にあるポオトデリカトオカツの会社門前で「永年勤続表彰廃止」の抗議集会を開いた。抗議集会には30人あまりが参加し、分会長があいさつで述べたように、とても元気の出る集会になった。
 ポオトデリカトオカツ分会は組合結成後、パート労働者の労働条件の向上にねばり強く取り組み、わずかながらでも成果を積み上げてきた分会である。しかし、会社はこのほど永年勤続表彰の廃止を通告してきたのだ。
 抗議集会の時に会社に対して申し入れを行ない、会社からは20日に申し入れ書に対する回答があった。しかし、回答はこれまでと変わらず、「永年勤続表彰廃止は、賞与を削減しなかったことで理解してほしい」というものであった。問題を解決しようという気持ちはまったくない。
 組合はこの回答を受け、1月23日に門前で抗議のビラまきをした。その日、門の入り口には「関係者以外立入禁止」の張り紙があった。
 誰に対しての禁止なのかよく分からなかったが、「ユニオンあしや」に対してのことなのかなと思ったりもした。しかし、その時は確かめることができなかった。
 会社は、2月1日の団体交渉を突然、会社ではなく東灘の集会所で行ないたいと通知してきた。交渉の中で場所の変更について抗議すると、会社は「関係者以外は会社内に立ち入ってほしくない」「ユニオンは関係者でない」というのである。この交渉で張り紙は組合に対して向けられたものであることがはっきりした。組合排除にほかならない。こんな張り紙で組合を会社内に入れないことができると思っていることに腹が立つ。
これから色々なことを会社はしてくると思うが、会社の攻撃に負けることなく、そこに働いている人たちとともに頑張りたいと思う。
森口道夫(ユニオンあしや)