「新社会兵庫」 2月8日号
 年が改まってあっという間にひと月が過ぎ、はや如月。立春も過ぎた。如月とはもともと旧暦2月のことで、その時期でもまだ寒さが残っているので衣を更に着る月ということから「衣更着」とも綴ったという説もある。今後のことはともかく、この冬、これまでの寒さは厳しすぎる▼1日からはプロ野球がキャンプ・イン。沖縄にキャンプを張るチームが多く、沖縄からは春に向けて弾むような、野球の情報が飛び込んでくる▼しかし、政治に関する限り、沖縄については苦々しい情報が多すぎる。「(米軍普天間基地の)移設を前提にした協議には応じない」としている名護市に対し、政府は米軍再編交付金約17億円の不交付を通知した。政府の言うことを聞かぬ自治体には、かつての岩国市に対する圧力のかけ方と同じように兵糧攻め≠ニいう許されない手法を、今は民主党政権が駆使する▼「平成の開国」や「熟議」などという造語≠軽々しく連発する菅首相の言動からは、この人が開いているのは米国と財界と官僚に向けた目と心だけではないかと思えてくる。沖縄県民の思いと声にこそ、その心を開くべきだなのだ。「疎い」のは、国民のくらしと思いに対してなのだろう。
借り上げ復興公営住宅は契約の延長措置を
 阪神・淡路大震災16年を迎えたが、ここにきて被災者の新たな住宅問題が起こっている。
 自治体は震災で住居を失った被災者のために復興公営住宅を建設したが、需要に対して充分に対応できなかったことから、民間や都市再生機構(UR)などから住宅を借り上げて復興公営住宅にした。兵庫県や自治体が20年契約で借り上げた復興公営住宅は現在約6700戸ある。その内訳は、県が2289戸、神戸市3805戸、尼崎市120戸、西宮市447戸、伊丹市42戸、宝塚市30戸だ。しかし、2015年から借り上げ契約の期限切れを迎えるにあたり、一部の行政は被災者の声も十分に聞かないまま住み替えを迫ろうとしている。
 借り上げ住宅の居住者の構成を見ると、神戸市の場合、実際入居している3598世帯の内、65歳以上の単身高齢世帯は1882世帯で全体の52・3%、75歳以上は1049世帯にもなる。期限が切れる5年後では、70歳以上世帯が過半数を超え、80歳以上世帯も全体の3割を超え、90歳を超える単身世帯も多く存在することになる。
 被災者は震災当時、着の身着のままで避難所に避難し、その後住み慣れた地域から遠く離れた仮設住宅へ移り住むことを余儀なくされた。さらに、復興住宅に移り住み、今ここを終の棲家として居住している高齢者が多い。すでに、2度も3度も住み替え、そのたびにコミュニティは崩壊し、復興住宅での孤独死も後をたたないという状況が続いてきた。仮設住宅解消までの5年間、そして復興住宅入居からこれまで914人もの方が孤独死をしている。
 これに対し、昨年12月の神戸市議会で新社会党議員団は、「高齢者がこのまま住み続けたいと主張した場合、住み替えを強要することは人権上も問題があり、移転強要はできないのではないか」などと追及したが、神戸市は「20年は契約であり、住み続けるとの選択は難しい」と、はじめから住み替えありきの答弁に終始した。一方、宝塚市は昨年12月、「金銭面など入居者の不安は高まっている。市の方針を早めに伝えて安心させたい」として、URから借り上げている市営住宅について契約期間満了後も引き続き入居者が住めるように対応する方針を明らかにした。また、兵庫県は、URから借り上げている住宅を一部買い取って県営住宅化する検討を始めたことを明らかにした。
 終の棲家として入居した多くの被災者はこのまま住み続けたいと考えており、復興県営住宅における兵庫県の調査でも、高齢化・病気・体調不良などの理由で住み替え困難と回答した住民は半数にのぼっており、毎日新聞の調査でも8割以上が高齢化・病気やコミュニティ崩壊などの理由で「転居したくない」と回答している。80歳を超える単身者や日常生活で地域でのサポートを受けているような居住者が、このまま住み続けたいと主張した場合、住み替えを強要することは人権上も問題があり、居住の安定を定めた国際人権規約にも違反するものだ。
 一方、神戸市が借り上げた76団地、1527戸分の民間の貸し主も、神戸市のアンケート調査では、「引き続き借り上げ市営住宅として契約してほしい」「市が必要とするなら引き続き契約してもいい」と96%が契約延長を要望している。
 1月15日に市民団体「兵庫県震災復興研究センター」の主催で開かれたシンポジウム『今なぜ「借り上げ住宅」からの追い出しか』では、入居者から「震災で負った障害を抱えながらやっと復興住宅に入れた。ようやく見つけた場所を離れたくない」「退去させられれば、なじみの人や病院との関係を断ち切られ、高齢者には死ねというのと同じだ」などの声が出された。また、ポートアイランドの公団住宅自治会長をしている、あわはら富夫神戸市議は「2300戸の自治会のうち329戸の県の借り上げ住宅があるが、自治会として県に再契約の延長申し入れをしたい」と述べた。
行政は、借り上げ住宅に引き続いて居住を希望する者には、あらゆる手段を尽くして契約延長の措置を行うべきだと考える。
中村伸夫(新社会党兵庫県本部書記次長)
「死」をも操作可能な時代
 高度経済成長はわれわれの生活を豊かにしたことは言わずもがなである。だが反面、負の遺産をもたらしたのも確かである。われわれがそのことにもっと目を向けなければならない時代が到来した。
 「如何に生き如何に死ぬべきか」という課題がその一つであろう。古来、日本人は「死」も自然と同化させ、抗うことなく対峙するという精神性を持った民族であった。だが、今や「死」を操作することが可能な時代と化した。意思表示の困難な人に、他者の意思でチューブをつなぎ栄養を送り込み死から遠ざけることが可能となった。呼吸停止はおろか意識消失まで来たしている人に、他者の意思をもって人工呼吸器を装着し、生きながらえさせることが可能となった。いつから日本人は「死」を怖れ、忌み嫌い、日常生活から「死」を排他するようになったのであろうか。いつから日本人は、本人の意思の有無にかかわらず生かしつづけることを望むようになったのであろうか。
 特別養護老人ホームで看護師として働いている私は、この十年間に数限りないくらい高齢者の「死」と向き合ってきた。施設で亡くなられる人たちには、チューブ類の装着は一切しない。彼らの持てる力に寄り添い、彼らの力が精魂尽き果てるのを傍らで見守るだけだ。彼らの意思に、私たちは随伴するだけだ。存分の力を出し切って彼ら自らの意思で逝かれた時の、彼らの満ち足りたすがすがしい顔に絶句する。
 98歳の女性は、まったく何も喉を通らないにもかかわらず、死の前日まで食堂の席を皆と共にされた。私たちは、食べ物を口にねじ込むようなことはしない。彼女の思い通りにしていただいた。そして、彼女は食べ物をまったく口にしなくなって1週間後に神に召された。そのわずか1週間の間に、彼女はお世話になったすべての職員に手を合わせた。お礼の言葉を口にする力が残っていないからだ。
 彼女の「死」から学ぶことは多い。意思表示できない人に、食べられなくなったからといって、他者がチューブから栄養を注ぎ込んでよいものだろうか、体力が消耗するからといって寝かせきりにしてよいものだろうか、脱水になるからといって点滴で水分を補給することは良いことなのだろうか。
 今一度、私たちは「死」というものに素直に向きあってみる必要に迫られていると思うのである。
(小)
「人間として扱え」の訴えは労働運動の原点
 最近、「私は人間です」という訴えを2人の労働者から聞いた。
 1人は、中国残留孤児の2世として約20年前に来日した方からである。来日した時は30台後半であり、なかなか日本語が覚えられず苦労したという。
 職業訓練校で習った溶接の技術を活かし、正規労働者としての仕事に就いたのだが、会社の都合で、ある時は直接雇用、ある時は派遣契約に、またある時は請負契約へと次々と変えられ、そして最後には解雇されたのであった。58歳の時である。
 高校生の子供を抱える彼は、100件を超える会社の求人に応募したのだが、結果はすべて不採用。自分はこの世の中にとって必要のない人間なのか、と悩んだそうである。それでもと職安の職員と面談していると、「日本人でも仕事がみつからないのに……」と言われたそうである。ある時は中国人、ある時は日本人と言われ、「私は何人ですか?私は人間です」と答えたそうである。
 もう1人は、ブラジルで新聞記者をしていたAさん。来日し、溶接の仕事をしていたのだが、爆発事故に遭い、大けがを負ったのであった。労災補償により治療を続けていたのだが、主治医にうまく身体の状態を伝えることができず、症状固定として補償が打ち切られ、障害等級の決定を受けることになったのである。
 こうした場合、局医といわれる監督署側の医師が診察を行い、障害等級を決めることになっている。ところが、この局医は患部の曲げ伸ばしを指示するだけで、一度も身体に触ることなく等級を決めたのであった。Aさんは、「私も赤い血が流れています。ケガをすれば痛いです。身体に触らずに痛みが解りますか。私は人間です」と訴えたそうである。
 日本で働く外国人労働者が増えているが、働く環境はまだまだ整っていないし、差別意識は根強い。
 「人間として扱え」の訴えは、今も昔も労働運動の原点ではないかと思う。
西山和宏(あかし地域ユニオン委員長)