ひょうごミュージアム

ひょうご碑物語64

旧神戸中華同文学校の赤レンガ
(神戸市中央区下山手通)

2023/02/08
【写真説明】1945年の神戸大空襲で焼け残った赤レンガでつくったモニュメント。神戸華僑教育の出発点を記憶に残そうと2009年に建立された

 1868(慶応3)年の神戸港開港とともに、居留地に欧米人が次々と商館を開く。彼らとともに長崎や上海、香港からやってきた華僑も居留地 近くに貿易商館を構え、いまの南京町となる中国人街を形成していく。
 華僑の多くが居住する下山手通に洋風の神戸華僑同文学校(現神戸中華同文学校)が建てられたのは、1900(明治33)年3月10日。清朝から日本に亡命中であった政治家の梁啓超が「中国の言葉と文化を華僑子弟に伝えていく必要がある」と説いたことが学校設置のきっかけになったと伝えられている。
 ちなみに、開校当時の名誉校長は犬養毅が務めた。華僑のなかでは清朝政府の弾圧を恐れ校長のなり手がいなかったためという。
 それから45年後の神戸大空襲(6月5日)で焼失。大開小学校での仮住まいを経て、1959年に現在地の中山手通6丁目に移転し、現在に至る。
 空襲で焼け残った赤レンガでつくられたモニュメントは、神戸華僑教育の出発点になった歴史を記憶にとどめるために2009年に建立された。
中央区には神戸華僑歴史博物館(海岸通3丁目)や関羽を祀った関帝廟(中山手通7丁目)などの神戸華僑関連施設がある。(鍋島)

【メモ】JR元町駅から鯉川筋を北へ5分。トア公園内。