新社会兵庫ナウ

私の主張(2020年12月22日号)

2020/12/29
「総合事業」の拡大は、介護保険制度崩壊への道
 『週刊新社会』(11月24日号)に掲載された「『国会審議なし』の省令改正で騙し討ち」という見出しが私の目に飛び込んできた。記事には「介護保険給付とは別に各自治体の裁量で介護度の低い要支援者に実施している『介護予防・日常生活支援総合事業」の対象を、全要介護者にまで拡大する『省令』改正を行った」と記されていた。拡大される総合事業も、介護保険法上の給付を受ける権利は要介護者にない。財源が介護保険から出ていても、サービスのあり方は自治体の判断となる。
 「省令」改正はすでに10月22日に公布され、全国の自治体に通知されていた。私の知る限りでは新聞報道も記憶になく、本当に驚いた。「安心と笑顔の社会保障ネットワーク」(以下、「安心ネット」)は、この事態を重く受け止め、12月8日に緊急の第35回世話人会を開き、今後の取り組みの方向を確認した。
 「介護予防・日常生活支援総合事業」とは、2014年に成立した「地域医療・介護総合確保推進法」により介護予防の要支援サービスの部分(訪問介護、通所介護)を保険給付とは別に自治体事業に移行したものである。総合事業の介護報酬は自治体が決める。神戸市は訪問介護の介護報酬単価を2割カットし、2017年度に順次導入してきた。しかし、全国的にも大手事業者が総合事業から撤退した。短時間の研修養成講座を受けた介護資格を持たない者も総合事業サービスに従事できるとしたが、2割カットの介護報酬では人材確保は困難であった。この総合事業の検証や総括が何より先ず不可欠である。
 昨年9月に設置された全世代型社会保障制度検討会議で、介護分野での検討課題のひとつとして取り上げられた「要介護1、2の生活援助サービスを自治体事業に移行」については、2019年12月の社会保障審議会介護保険部会で見送られた。しかし、厚労省は新型コロナ禍のどさくさに紛れて、この「省令」改正を強行したのだ。
 介護保険制度の深刻な問題は、負担の増大と給付の削減だけではない。社会保険制度の特徴は、「負担なき受益を排除する原理」である。11月30日の朝日新聞が取り上げた「介護保険料滞納、困窮する高齢者」では、介護保険料を滞納しての資産差し押さえは年2万人と報道した。高齢者の貧困が広がるなか、保険料の払えない高齢者は介護保険の給付を受ける権利は奪われる。差し押さえられた高齢者は、「将来不安よりも目の前の生活が苦しいのが現実。保険料が高くなれば、ますます払えなくなる」と話す。
 もうひとつの深刻な問題は、介護を苦にした殺人や心中の悲惨な出来事、家族介護の変化である。「安心ネット」世話人会で学習してきたテキスト『改定介護保険法と自治体の役割』で、著者の鹿児島大学の伊藤周平教授が「介護保険制度の本質は介護の社会化ではなく、介護の商品化にある」と断言している。
 私の母は要介護5で、介護給付の月限度額36万円を全て身体介護サービスに費やしても毎日4時間しか利用できない。家族介護が前提の介護保険制度が現実である。
 2019年10月、神戸市須磨区で幼稚園教諭(22歳)が仕事と介護に行き詰まり、認知症だった祖母を殺害した事件をきっかけにヤングケアラー(家族の介護を担う18歳未満の子どもたち)がクローズアップされている。介護離職は年間10万人と言われるが、生活のために離職できない親にかわって高校生などが家族介護を担う姿が浮き彫りになっている。埼玉県で全高校2年生を対象にした全国初の実態調査では25人に1人にあたる1969人が家族を介護するヤングケアラーだった。ケアの理由は「親が仕事で忙しい」(29・7%)がトップである。
 これらの深刻な問題から、社会保険方式が故の制度の破綻は明らかである。「安心ネット」は、総合事業の要介護者への拡大については介護給付を受ける権利への侵害であり、介護保険制度の崩壊につながるものと分析した。高齢者介護については欠陥だらけの社会保険方式ではなく、生活困窮者を排除しない税方式による介護保障制度に切り替えていく中長期の取り組みが必要だと確認した。
 当面は、神戸市などの自治体に従来の総合事業の検証や総括を求めるとともに、総合事業の拡大に反対するために広く呼びかけた学習会や市議会での陳情の取り組みを進めていくつもりである。
菊地憲之(「安心と笑顔の社会保障ネットワーク」代表)