新社会兵庫ナウ

私の主張(2023年3月8日号)
『岸田政権による「原発依存社会」への回帰を許すな』

2023/03/08
若狭湾で老朽原発が稼働中 
 福井県の若狭湾には、廃炉(解体)が決まったものも含めて15基もの原発が林立している。世界でも屈指の「原発集中立地帯」だ。中でも高浜原発1、2号機、美浜原発3号機は 40 年超えの老朽原発で、その高浜原発と神戸市中央区は直線距離で96kmしかなく、「事故を起こせば最短2時間で放射性プルーム(雲)が神戸に到達する」と井戸・前兵庫県知事は公表した(2014年)。
 福井県では1948年6月に福井大地震があった(死者は3769 人)。当時はまだ原発は無かったので「原発人災」には至らなかったが、原発は地震をきっかけとする事故で放射能を大量にばらまくことは、2011年の東京電力・福島第1原発事故で明らかだ。私たちも福島の人たちが経験したように放射能を浴びながら避難しなくてはならない。
「事故が起きてからでは遅い」 
 2月6日に大地震が起きたトルコにも日本の三菱重工が原発を輸出しようと企てていたが、1月28日の加古川の集会で話してもらった守田敏也さんが何度もトルコに足を運び、「原発など建設すべきではない」と現地で講演活動を行い、完全に契約が破綻したことは本当に良かったのではないかと思う。
 福島原発事故から今年3月11 日で丸12 年が経つ。原発事故避難者の菅野(ルビ・かんの)みずえさん(福島県浪江町から兵庫県に避難中)は、「今日は私のこと。でも、明日はあなたのこと。そういう状態で原発は動いている。事故が起こって初めて『自分のこと』になったのでは遅い」と訴えている。
岸田首相の頭は「経済界」の利益のみか
  岸田首相は、就任時(2021年10月)では「原発の新増設や建て替えは想定しない」としていた。その舌の根も乾かない昨年8月に「GX(グリーントランスフォーメーション)会議」(脱炭素社会づくりを目的としたもので自分が議長)に提起して「脱炭素のためには原発の活用が必要」と誘引し、昨年12月にはわずか4ヶ月で、「原発の新設・増設と再稼働、新型炉の開発、核融合炉の開発」という結論を出した。
それを受けた昨年末から1月までのパブコメ件数はなんと4千通にも及び、岸田首相の原発依存社会構想に「反対」の意見が集中した。首相のあまりにも強引な進め方に、2月13日に開かれた原子力規制委員会の「規制法改正に向けた委員会」でも異例と言われる多数決での決定となった(1人の委員が最後まで「反対」を貫いた)。
原発関連は大企業には「打ち出の小槌」
 この間の急激な「原発全面活用政策」の背景で、経団連、電事連(関電などの電力事業連合)、三菱・日立等重工業グループなどの「原子力マフィア」が岸田首相を動かしていることは間違いない。原発新設には1基(100万kw)1兆円も超える。岸田首相のねらいは、「原則40 年」ルールを撤廃し無制限に原発を稼働するということに他ならない。
 「核燃料サイクル」の中核とされた「高速増殖炉もんじゅ(2015年廃止)」には1兆1300億円(朝日新聞18年5月公表)、青森県に建設中の「(使用済み核燃料を再利用する)再処理工場」に至っては、25回も完成延期し、すでに3兆円(朝日新聞20年7月)も税金を投入。さらに、使用済み核燃料の行き先(北海道の2町)調査だけで町には20億円を交付した。これだけ多くの税金を自然エネルギー開発に投入していたら、日本は「再生エネルギー先進国」になっていただろう。
 関電は、若狭湾の原発再稼働の条件に「県外へ」という空約束を繰り返したり、電気料金を還流し幹部だけが3億円以上も懐に入れるという企業倫理のかけらもない企業だ。
若者が裁判に立ち上がる
 2011年3月の福島原発事故でたくさんの放射線を浴びた若者6人(後に1人加わり計7人)が、22年1月、国と東電を相手に「311子ども甲状腺がん裁判」という裁判に立ち上がった。彼・彼女達は、事故当時は 10 歳前後、現在は 20 歳前後で甲状腺がんと診断されたのだ。「私は高校生の時、17歳でアイソトープ治療を受けた。甲状腺を全部摘出した後、大量の放射性ヨウ素を服用する治療……。穿刺(せんし)細胞診(細い針を刺して細胞を吸引して調べる方法)の検査の時、一気に涙がぽろぽろ出てきた。恋愛も、結婚も、出産も、私とは縁のないものだと思っている……」(意見陳述の一部)。
 国内に54基もの原発建設を容認してしまった私たち大人の責任ではないかとの思いで、私は活動を続けている。
菅野逸雄(脱原発はりまアクション)