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新社会党結党25周年にあたって
新社会党中央執行委員長 岡崎ひろみ

2021/01/24
 
岡崎ひろみ委員長

「しがらみを解きほどく力」を広げる
 新社会党は今年3月、結党25周年という節目を迎える。25年という歴史を振り返る時、護憲のたたかいの否定=国鉄闘争を中心に働く者の叫びとたたかいを封じ労使協調によって企業活動を進める「連合」加入促進と反対者排除に対するたたかいを抜きには考えられない。その意見のぶつかり合いの象徴になったのが1990年の兵庫の「岡崎選挙」だったのだろうと思う。私は候補者になったにすぎないが、県内に渦巻く「人が人として生きる」ための声が闘わせた選挙だった。2期目(93年)当選後、政治改革法案(小選挙区制を含む)反対を鮮明にし、法案採決では推薦組合の圧力に耐えられず「賛成」する議員が大半になる中、反対を貫いた人たちと組織の再生を目指すことになった。
 95年の阪神・淡路大震災を経て、護憲のたたかいの重要性は一層明らかになった。兵庫は護憲社会党を結成することによって自ら「生きる」たたかいを進めた。
 全国でも、総評つぶし、社会党つぶし、そして憲法改悪を狙う動きとして理解し受けとめる仲間の姿が見えてきた。村山富市内閣が自衛隊合憲、日米安保堅持と表明し、社会党の基本政策をも変えると表明したことが、各地で運動する仲間たちに「党の運動」を守るためには新しい組織をとの思いを強めさせることになった。
 国会議員の多くが大労組や後援会組織の圧力を受けて去っていく中、矢田部理参議院議員、山口哲夫参議院議員、栗原君子参議院議員、小森龍邦衆議院議員、岡粼の5名が新たな組織結成を決意し、95年末、新社会党結成の届け出をし、96年3月、賛同する全国の仲間も結集して結党(第1回)大会を開催した。
 もっと大きい塊を作れないのかとの声もあった。申し訳なかったが、全国オルグにまわり、青票議員の個別説得を重ねてもギリギリの結党だったというほかない。勇ましさだけでは踏み越えられない様々なしがらみを解きほどく力はどこから来るのか、その力をどう育てようとしているかが常に問われている。
 四半世紀の通過点を今、皆さんと共に超える。厳しい中で「よく頑張った」と労い合うことは簡単だ。しかし、様々なしがらみを解きほどき、「人として生きる権利」を求める活動を共にする若い世代や女性たちを仲間に迎え入れることなくして活動の継続はない。小さな不安、悩み、生きることすら辛いと思わせる日々の暮らし。その現実社会を一緒に考え、乗り越える私たちでなければならない。
 かつて私は、職場の先輩たちに育てられた。お茶くみや掃除は女性職員、結婚や出産で女性は辞める、だから責任ある仕事はさせられない。そんな「常識」に苦しんできた女性の声を労働組合は聞く気もないという痛烈な批判の声を具体的にたどると、働き続けることが課題になる現実、そこに労働者同士が競争させられる仕組みがあることを教えられた。さらに声が受けとめられたとわかった時に人は変わるということも。
 四半世紀の通過点に「しがらみを解く力」、社会を変えようという声をがジワリと広がるための原点を確認したいと思っている。